『ゼロ』

私は釤それ釤以前の記憶を一切覚えていない。

自分の何十倍あるだろうかと思う程の体長を持った大きな怪物を目の当たりにした。両の目は濁った金色を宿していて、開けた大口からは刺々しい牙が何十本と覗く。釤それ釤の形は良く覚えていない。魚のような、そうでないような形をしていたように見えた。

私の周りには、倒壊した家の数々。周りの全ての建物が薙ぎ倒されて、遮られて見えなかった景色が、薄暗く、何処までも広がっていた。
代わりに、地面に這いつくばった、釤生物だったもの釤が、鼻を衝く臭いで噎せ返っていた。私の嗅覚を、味覚を、鉄の臭いが、味が、埋め尽くしていた。

私は、ただ立ち尽くしていた。「自分もこうなるのだろう」、「唐突に全てが終わるのだろう」、そんなことを、考えていた。夢も希望も何もない。むしろあったものすら忘れてしまうくらいだった。

血走った目で、固まった身体で、止まった呼吸で、私の活動は途絶えたようだった。けれど、怪物は私を残して、何処か遠くに消えていった。



良く覚えている、私の始まり。
大雨の日、足元を濡らす大量の塩水、周りに浮かぶ、血で血を洗う死体達。

何もなかった私の、『ゼロ』からの始まり。